Img_5759

4月になると、もう一回行ってみたいなあと思いだす場所がある。
さて、どこでしょう。

Img_5586

答えは、イスラエル。正確に言うなら、エルサレム。

私が訪れたのは、ちょうど3年前の4月、
「過越し祭(パスオーバー/ペサハ)」のときだった。
過越し祭とは、十戒で有名なモーセが、
エジプトで虐げられていた
イスラエル人たちを連れ出したことを記念した祭り。
神が定めた恐怖の夜を、戸口に印を塗った
彼らだけ過ぎ越すことができたことから
その名前がつけられている。

詳しくは、映画「十戒」をごらんあれ。

私は、ダヴィンチの「最後の晩餐」をテーマに
晩餐の行われていた場所、
受難の道等、エルサレム一帯を歩き回った。
Img_5470

↑しゅろの日曜日(パームスサンデー)、
墳墓教会からのパレードに参加する人々。

ちょうど訪れたときは、受難週。
イエス・キリストが弟子たちとエルサレムに入城した
しゅろの日曜日に始まり、
最後の晩餐が行われた木曜日を迎えるわけだけど
この晩餐は、ユダヤ教のラビ(聖職者)だった
イエスを囲んで行われた、過越しの祭のディナー。
それから、金曜日にイエスは十字架を背負い、
映画「パッション」で知られる受難の道を歩き、
ゴルゴダの丘まで歩く。

磔刑にあった3日後にイエスは復活するので
復活祭(イースター)があるという流れ。

あのときはエルサレムという場所の雰囲気が
ある人には楽しげだったり、
ある人にはとてもシリアスだったり、
ポジティブ、ネガティブ、どちらの方向性にも
異常に盛り上がっているように見えて、
冷静に状況を把握するのがやっとだった。

聖墳墓教会で涙を流しながら嘆く人々を見ていると
2000年以上前の出来事なのに
つい最近のような悲しみに思える不思議。
いったいどんな感情で号泣しているのだろう?

Img_5416

↑イエスが磔刑にあったゴルゴダの丘に立つと
いわれている聖墳墓教会内にて。

ユダヤ、イスラム、キリスト、ヒンドゥー、仏教という
宗教のなりたちやその変遷の歴史に触れると
それぞれが鎖状につながって今という時代を
作り上げていることがわかる。

そういう意味では、
宗教行事や祭事をきっかけに
興味のある場所を訪れる、というのは
場所やその国に住む人たちへの
深い理解へとつながるんじゃないかなと思う。

ただ、このご時勢、
宗教行事が行われている時期は、
治安がよくない場合も多いので
よくよく検討してから訪れたいところ。

そういうところも含めて、エルサレムには
もう一回行きたいな、と思いつつ、
なかなか行けない場所になってしまった感がある。Img_5456

↑パレスチナ料理。

過越し祭の時期は、パリパリクラッカーのような
イーストの入っていない種なしパン(マッツァ)
と苦菜等、毎日同じ食事・・・
それに耐えられなくなって、
パレスチナ料理に逃げた
情けない私たち。

祭の時期なのに不謹慎かな、と思いつつ、
おいしいものには巻かれてしまう。
だって、ひよこ豆やナスのペーストだけで
いくらでもピタ(パン)が食べられるんだもん!

オリーブ山から夕陽に照らされた
エルサレム旧市街を眺めていると
「愛される場所」というか
「愛憎渦巻く場所」なんだなーと実感する。

黄金から薄紅色まで分刻みで
小高い丘になった街が
さまざまな色に照らされ、
なんていうか、魅力的であり、魅惑的。

ごめんなさい、ライターでありながら
どんな美しい言葉を借りてこようとも
あの景色を表現するのは難しい。

いつもはパチリと写真を撮る私も
あまりの美しさに見とれてしまい
カメラのことなんてまったく
忘れてしまった。

Img_5795

↑ちなみに、エルサレム郊外に車を走らせると、
こういうところもある。

Img_5773_2 ↑死海文書が発見された場所を探しに行ったりして。
(ちなみにこのときご一緒したのは
フォトグラファーの石塚元太良くんと角川書店の五十嵐淳之さん)

死海文書ついでに
死海に行ってぷかぷか浮き、
ミネラルたっぷりの泥スパで
しっとりすべすべお肌に。
その後、らくだに乗って観光気分を味わう。

と、時間があれば現地の面白きところを体験し、
リサーチするのも私の仕事であります。
(遊んでいるんじゃないのかーと
たまに突っ込みを入れられますが
場所を楽しまずに、どうして伝えられようか!?)

最近、デジカメだけでなく
フィルム写真も撮っているので
あの夕景を撮影したいのもあって
エルサレム再訪を熱望しているのだけど
来年は行けないかなー。

ぜひ、行きたいなー。

と、このブログを見てくれているかもしれない
編集者のみなさんにおねだりしてみたりして(笑)。