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台湾の婚約式。

3月8日はお日柄がよく、宿泊している逢春園では婚約式が行われました。

異国の地のセレモニー。裏側を覗いていると、映画のシーンを疑似体験しているような気持ちになります。

それぞれの想いを乗せて、春に出逢う。
今日は宜蘭から鹿港、そして台南へ移動。彼の地は桜が満開とか。

あをによし 寧楽(なら)の京師は咲く花の にほふがごとく今さかりなり

さて、台湾最古の町、台南の様子はどうだろう。

2014年 新年を迎えて

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新年あけましておめでとうございます。

昨年、一昨年は取材でおらず、その前も実家に帰ったり、旅行に出かけたりと
ばたばたしていましたが、今年は湘南に住んで初めての
どこにも出かけないのんびり正月を過ごしました。

といっても、毎日、何かしら用事を作ってしまったので
ゆっくり過ごしたともいえず、いつの間にか仕事始めを迎えてしまった次第です。

年初めのブログ更新はどんな内容を書こうかなと思っていたときに
「100分de幸福論」という番組を見かけました。
NHK Eテレの「100分de名著」の正月スペシャルバージョンで、
幸福のあり方について作家や大学教授などが
文学、経済学、哲学、心理学の名著を紹介しながら
「幸福」とは何か、ということを考察していく内容でした。

文学からは作家の島田雅彦さんが登場。
「自由に生きたい!」をテーマに
井原西鶴「好色一代男」&「好色一代女」を紹介し、
幸せとは「断念ののちの悟り」であるとまとめ、

経済学の浜矩子さん(同志社大学院教授)は、
「幸福に働くために!」をテーマに
アダム・スミス「国富論」を挙げ、
幸せとは「ひとの痛みがわかることである」と。
(ここまでは見逃してしまった・・・)

哲学の西研さん(東京医科大学教授)は、
「人から認められたい!」をテーマに、
ヘーゲル「精神現象学」を読み解き、
幸せとは「ほんとうを確かめあうことである」。

心理学の鈴木晶さん(法政大学教授)は、
「無意識の自分を探れ!」がテーマ。
フロイト「精神分析入門」を掘り下げて
幸せとは「愛する人の幸せを願うことである」と
ボードにまとめた言葉を書いていました。

この順に見ると、幸福の価値が個から他者への愛へと移り変わり
まるで『幸せ進化形四段活用』のようにも私には見えます。
他の人にとってはまた違うふうに見えるのでしょう。
また、ジャンル別に専門家が読み解いていくと
幸せのあり方はものの見方によって
多様なものであることがわかります。
(100分で言い切れる内容じゃないのをわかった上で
あえてまとめられるところが専門家!)

70〜80年の高度成長期、「一般的な幸せ」という価値観が存在した時代には
さまざまなものに疑問を持って前に進めないでいると
「小難しいことを考えている暇なヤツだ」と
揶揄した人もいたのでしょうが
物質的に飽和し、人間関係や環境が複雑化した今、
転びながら,悩みながらも前に進み、
個人がおのおのの物語の主人公となり、
自分の価値観に気づいていくことが
結果的にそれぞれから周囲の「幸せ」へ
つながっていく近道のような気がします。

また、年齢やおかれる環境の変化によって
おのずと価値観が変化していくので、
その変化を受容できる自分を作ることも大事で、
柔軟な自分をどのように作っていくべきか、
結局は「自分」が決めなくてはいけないところになっていくのでしょう。

私はといえば、これまで、旅をして、
めぐりあわせのままに世界中の面白い場所へ赴き、
各地の「風土と人と暮らし」を取材して
いろんな「幸せのかたち」を見させてもらいました。
そして、ほかの場所では私が思っていた「一般的な幸せ」に
とらわれている人たちがとても少ないこと、
置かれた環境で自分自身の花を咲かせて
誇りを持って生きている人たちがいることを知りました。

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5年前、カナダのコルテス島に向かう船で出会ったハーミという
当時80歳の女性は島でただひとりの女性の漁師。

ご主人が早く亡くなったあと、男勝りにひとりで漁に出て
子どもを育てあげ、私が出会ったときはひとり暮らし。
家に招いてくれ、白身魚をオーブンで焼いて出してくれたのだが
その味のひどいことといったら(笑)。
ひとりは寂しくないのか、と尋ねたら
「ひとりだから寂しくないんだよ」と。
帰り際、名残惜しげにずっと手を振っていたハーミも
翌年、亡くなってしまい、息子さんから連絡をもらいました。
「彼女はあなたに再会するのを楽しみにしていると
いつも言っていましたよ。そして、笑顔で旅立っていきました」と。

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孤独とも自立とも少し違う、ひとりであることの幸福感。
そんなことを彼女の暮らしからそのとき感じました。

さまざまな「幸せのかたち」がそこにあります。

人が話したり、書いたり、表現したりしているものに触れるとき、
この人は何を幸せと感じてその表現をしているのか
ということが気になります。

結局はその「幸せの価値観」がそのときに
どんなものであれ、掘り下げられていれば掘り下げられるほど
拙くてもひとことが深く突き刺さってきます。
インターネットで誰もが自分のことばを発信できるようになった時代に
ライターという職業が必要とされる場所はどこにあるんだろう、と考えてると、
「無私」となり、レポーターに徹することも必要だと思う反面、
とりあげる内容には、やはり自分の「幸せの価値観」が
知らず知らずのうちに反映されているものであるなと思う次第であります。

今年は、自分の「幸せの価値観」を深めて
どのような発信をするかもっともっと考える年になりそうです。

とそんなわけで、今年もよろしくお願いいたします。

2014年のはじまりに。
朝比奈千鶴