だからといって、スーツケースを断捨離することはないだろう。ある意味、人生の大切な時間を共有した仲間だから。
移動するたびにゴテゴテとステッカーが増え、使うほどにポロポロと剥がれていき、独特の味わいが出てきた。これを私は風合いと思っているが人によってはオンボロに見えるかもしれない。
スーツケースとともにした旅や取材の記憶も、15年も経てばすっかり消えているものもある。でも不思議とこのスーツケースを使い始めた頃に眺めていた心象風景はすぐに蘇ってくる。ステッカーを貼ったときに、この子に早く馴染もう、と思ったんだな。
いまや、リモワのスーツケースは空港で到着荷物が出てくるのを待っていれば必ずと言っていいほどターンテーブルに流れてくる。ステッカーをゴテゴテに貼っているものもたまに見かけるようになった。
この子は、重くてすぐに重量オーバーになるし、キャリーもしょっちゅう壊れてしまうけど、中の荷物を守るなら、最強の旅の友だと私は思う。
自転車旅や歩き遍路旅を経てすっかり旅の荷物が少なくなったいま、出番はほぼなくなってしまったけど、ときどき思い出したように引っ張り出して一緒に出かけてみる。
古い型番だからか、スムーズに前に進めないことも多い。けれども、電車で、街中で、ホテルで、このステッカーだらけのスーツケースをきっかけにいろんな人と旅の話をすることができたので、私にとっては、いわば歩くサードプレイス、旅人が出入り自由な場所として機能してくれている。
旅行保険での修理はもうできないクラスのオンボロっぷり。側面には、なぜか人工的な穴ぼこも空いている。すべて壊されなかったのはリモワの堅牢さゆえに。
そんな、満身創痍のスーツケースだが、アテネで初めて貼ったステッカーは、しっかりと残っている。いつかまた、アテネに一緒に行く日が来るのだろうか。
行けたらいいね。