東海道をつなぐ食縁と饗宴の記録。

まだまだコロナ情勢は侮れませんが、
細心の感染対策の上でイベントは開催されました。

2021年11月26日(金)、箱根・強羅にあるブックホテル「箱根本箱」で、開催されら東海道を地縁食縁でつなぐディナーイベントに参加しました。

静岡県焼津市の名店「茶懐石 温石(おんじゃく)」の杉山シェフと「箱根本箱」の佐々木シェフが初のコラボ。引き算の和と足し算のイタリアンが選りすぐりの地の素材を活かす、特別なイベントとのこと。
暮らしの延長線上にあるリラックスした食体験が心地よい自分としては、久しぶりのハレの場、緊張感溢るる食体験が予想されましたが、とはいえ同じく東海道五十三次藤沢宿に住んでいるものとしてイベントは興味深く、また箱根本箱を運営する株式会社自遊人が発行する雑誌『自遊人』(現在リニューアルのため休刊中)に執筆させていただいていたご縁もあり、嬉々として 晩秋の箱根路へ。

夢見心地で愉しんだ会をしっかりと留め置きたく、両シェフのごとき「良き素材に手を加えすぎず、そのものを活かして」シンプルに、画像と記録をここに残します(酔って記憶が曖昧なところはご愛嬌)。

箱根本箱ダイニング
壁のアートはブックアーティスト、
エカテリーナ・パニカノーヴァによる古書をキャンバスに見立てた作品。
古書の配置や筆致に見惚れます。
お着き菓子
箱根本箱名物ススキの野草茶、
温石名物の焦がし胡桃餅のきな粉がけ。
メインロビー
圧巻のブックシェルフと蔵書量。
山々を一望する、気持ちのいいマウンテンビュー。
コラボディナー
メインロビーにある掛物の前からスタート。
本日の催しに選ばれた掛物は
立花大亀作「関(かん)」。
人生を歩く関門は厳しく苦労するが、なんとか乗り越えようとする不屈の精神は素晴らしい。ひとたびその関門を通過したなら何の囚われることもない自由自在の境地であるというような意味がある。亭主、客の区別のない清々しい関係性がこの場にある、といった亭主の心意気を感じます。
オープニングトーク
自遊人の岩佐十良代表がご挨拶。
今晩のイベント目当ての宿泊客の中には箱根本箱を初めて訪れる人も。ホテルの説明やイベントが開催された経緯について話す代表。温石を尋ねたことから始まったご縁だとか。ご夫婦、お一人、私のようなメディアの関係者も少し。チェックインから本棚越しに何かとすれ違っている方とは、マスク越しににっこりとご挨拶。
着席
本日のお品書き。
料理テーマだと思いますが、五感の言葉&この場の交流にちなんだ言葉が素材の右隣に書かれています。
ささげる 
一献 
杉山シェフより地元焼津の磯自慢酒造の銘酒
磯自慢 愛山 大吟醸」を盃にいただく。
温める

富士宮山麓にある北山農園の小蕪を伊勢海老の出汁にくぐらせ、磯の香りほのかに。
感じる

土鍋で炊いた「煮えばな」をゆっくりを噛み締める。
委ねる
勘八、障泥烏賊、スティックセニョール
駿河湾の恵みをお造りに。
発酵キャベツの液に漬けた勘八は、食べる直前に塩を一振り。柔らかく甘味のある障泥烏賊。スティックセニョールの茎部分につけた墨ペーストは、駿河湾の深海がもたらす旨み。余韻が残ります。
ワインペアリングは自遊人の本拠地である新潟から、カベルネ・ソーヴィニヨン100%の泡。
カーブドッチワイナリーのむささび。ノンアルコールの方には各々料理に合わせた野草茶カクテルが供されます。
素材について その 1
魚を提供するサスエ前田魚店前田尚毅さんによる、本日の素材についてのトーク。
まずは素材を仕入れる駿河湾について。日本一深い湾を持つ駿河湾は、日本一高い富士山から川によって水が注がれているという大変稀有な地形にある。よって、天然の生簀でとれる大切な天然資源である魚をいかにして食卓や料理人に届けるか、というところが前田さんの腕の見せ所であります。
勘八「寒鰤ほどの大きさ、肉質のものです。食感と旨味の照準を本日に合わせてきました。4日間水温を下げた暗い水槽に入れ、魚にストレスを与えないようにしました」
障泥烏賊「台風に近い風速のある、御前崎の定置網に掛かったものを入手しています。漁師さんは平均年齢78歳。80代の方もいます」
自分が仕入れ、処理を施したものがどのように扱われているか、魚を卸している料理店にも必ず食べに行くという前田さん。「漁師さんから受け取った大切な食材を誰に託したいか」ということが大事という前田さんのお店は、街の魚屋さんの顔をしながらも世界中のグランメゾンに引っ張りだこ。岩佐代表によると「焼津に引っ越したくなるくらい引力のある魚屋さん」とのこと。ぜひ、温石と合わせて焼津に行ってみたい!
研ぎ澄ます
太刀魚、竹の子芋
澄んだ出汁に浮かぶは、口に入れた途端にほろほろと溶けていく太刀魚。竹の子芋の皮をローストし、薬味のように乗せてあるので、お椀に顔を近づけるとほのかに香ばしく。下に隠れているのはアクを抜いたホクホクの竹の子芋。胡麻豆腐のような食感です。滋味深いお出汁と一緒に。
嘗める
金目鯛
駿河湾近海で獲れた金目鯛。皮をパリッと香ばしく焼き上げて。ペアリングはフランス・ラングドックから「フー・トロワ ラ・ソルガ」。確か、金目鯛の出汁が程よく出たバルサミコソースをバケットに吸わせ、グルナッシュの果実味と合わせてご満悦だったのですが、この辺りからちょっとずつ酔いが回ってきています!
杉山シェフ自ら、鍋を見せにきてくれました。ナニナニ?と覗き込むと、蓮根の薄切りがびっしりと敷き詰められて。
交わる
猪、麻機蓮根、芹
静岡市葵区・龍爪山の麓に広がる麻機(あさはた)沼で栽培されているという蓮根は、根が深いのが特徴。徳川家康のお気に入りだったとか。シャッキリもちもち、猪の強い風味と合います。中伊豆で育った軍鶏と鰹で引いたお出汁でいただきます。天然芹の爽やかな力強さに、南オーストラリア、ルーシー・マルゴーのロゼを合わせます。
素材について その2
野菜を提供する北山農園の平垣正明さんが次の食材の説明をします(お隣は一緒に農園を運営する奥様の平垣紀子さん)。
人参「我が農園の始まりはウサギから始まっています。ウサギを可愛がるあまりにオーガニックの人参葉を食べさせようと無農薬栽培を始めたんです」
魚はストレスにかかっていないものがいいと前田さんは言っていましたが、反対に野菜はストレスがかかったものが美味しくなります、という平垣さん。地上にあるものは、ストレスがかかると種を守るためにさまざまな栄養素を作ります。それが、野菜の特徴、個性が出るということ。100種類以上の穀物、ハーブ、野菜を富士の麓で無農薬有機栽培で育てている北山農園は、箱根本箱ほか近隣の有名レストランとコラボイベントを開催することもあり、シェフも信頼する生産者さん。
繋ぐ
人参
北山農園の人参の根をピュレにして、カリカリにローストした葉を飾って。葉と根を同時に味わいます。
生きる
鹿、茸
発酵マッシュルームの液体に漬けた鹿肉を山北町で採れた数種類のキノコとともに塩釜焼きならぬ、パン釜焼きに。香り豊かなキノコは食感が全て異なり、口に運ぶのが愉しい。
ペアリングワインは、佐々木シェフがかつて働いた弘前「ファットリア ダ・サスィーノ」の希少なワイン、サスィーノロッソ 2016 が登場!バルベーラとメルローのふくよかさとキノコの香りがよく合います。
コラボレーション、コンビネーション
佐々木シェフ、杉山シェフ、そして新潟「里山十帖」桑木野シェフが並び、料理を盛り付ける姿を動画で撮影する岩佐代表。
改める
湧水
痛恨の聞き逃し。席を外してしまい、どこの湧水が聞くのを失念。
この時点でディナータイムは3時間経過。
卓を囲む皆さんの集中力は途切れず、最初に中座した自分が恥ずかしい…… 。
※後日補足 こちらは箱根で汲んだ湧水でした!
こちらは、お品書きに書かれていなかった料理。もしや、生きる、の続き?
箱根名物ススキを使った、秋の味。ススキの軸を芳ばしく炒ったものを生パスタに練り込み、なめこの塩漬けと。ソースのような水気はなめこから。佐々木シェフが茶懐石を意識したであろうイタリアンの一皿。ペアリングは、フランス・アルザスのビオディナミ、ドメーヌ ジュリアン メイエーのメール・エ・コキヤージュ 2019。ススキとナメコの土に迫る味わいにワインの柑橘感がキュっと!
これはまさに、今時期の西湘エリアの柑橘畑と箱根仙石原のススキ野原が一皿に!
※後日補足 こちらは佐々木シェフのサプライズ料理とのこと。天然きのこに1%の塩を振って、その水分だけを使ったものだそう。
結ぶ
飯、香の物
猪肉の出汁がじんわり沁みてきます。長野の小布施ワイナリーのちゃぶ台ワイン赤 2020 を合わせてスルスルと。このワインは、ワイナリーが自家消費用のお福分けのようなワインと位置付けているので、その意図と合わせて“メインからの幸せなお福分け”という感じかな?
佐々木シェフのご挨拶とスタッフの紹介。足し算のイタリアンと引き算の懐石料理、真逆のアプローチをするシェフ同士のコラボレーションに正直、うまくいくのかとても緊張したとのこと。
溶ける
春菊、黒豆
富士宮の黒土で育てた春菊の風味が効いていて、さっぱりとした罪の意識を感じないジェラート。上に乗った春菊スプラウトが可愛い。
出会う
薄茶
背筋を正し、2人のシェフのお点前をいただきます。
栗のチョコレートもほっくりほくほく。肝心のチョコが見えていない!手前の飾り栗は実がパンパンに詰まっているので、隣の席の人と一緒に持ち帰って食べようという話に。
しつらえ
ヒメジョオンとホトケノザかな? 山野草もダイニングに移動すると可憐に見えます。
コラボディナーは2230に終了。合計4時間の宴でありました。あっという間!
だんらんバー
食後は、メインロビーで焼き栗とチーズ、スパイスたっぷりのホットワインが振る舞われました。暖炉の炎が暖かく、初めてお会いした方とも話が弾みます。シェフ、生産者の皆さんを囲むも、はや時計は0時。
少しずつ飲みたいと思いつつ、1杯だけ、ジャン・クロード・ラパリュのボージョーレをチョイス。おろす酒屋を厳選しているようなこだわりの生産者のワインばかりの品揃え。自然派好きには嬉しい。

宴が終わって部屋に戻るも、館内のあちこちから集めてきた本が山積みで眠る間も惜しい。とはいえ、ひとたび枕に頭を沈めれば、心地よい酔いの余韻に誘われてすっかりと意識は遠のいてしまったのでした。

《Excuse》
食の専門ライターでないのと今回は取材ではなかったため、写真も含めお見苦しい点もあるかとは思いますが、お許しを。
食べたまま、感じたまま、等身大の言葉を使って、記録として残しました。

お部屋にも、セレクトされた本が置いてある。ちょうど自宅で今村夏子さんの本を読んでいたので小さなシンクロが嬉しい。『ガラスの仮面』や『もやしもん』も揃ってる!手紙を書く暇がない!
元は保養所のカラオケルームだった場所をシアタールームに。短編映画のシナリオも書く自分としては、ここを一番楽しみにしていました。ふだんパソコンで観ているショートショートを、大画面で観られる幸せ。
メインロビーは、圧巻の蔵書量。ブックシェルフの中で座って本が読めるスペースなどもあり、遊び心たっぷり、茶目っ気たっぷり。本好きは、狭いところが好き。囲まれた空間が好き。

コロナ禍で、しばらく放置していたネイルなど身なりも整え、洋服にアイロンもかけてのお出かけ。久しぶりに背筋が伸びる思いがしました。
スタッフの皆さんのキビキビハキハキした動きと笑顔が何よりものホスピタリティで、コロナ禍で表情筋を動かすことの少なかった自分の頬が緩んで、口笛吹きながら箱根路のつづら折りを海に向かって下りてきたのでありました。ああ、箱根駅伝の前に(車で)走れて良かった!

お土産
ブックシェルフから手に取ったのは、「辻留」の辻嘉一さんの『料理のお手本』(中公文庫)。ディナーに影響されて購入してしまいました。「家庭のお惣菜料理を深く極めることは、やがて鯛の刺身の生きの良い本当の鯛の知る道なのです(文中より引用)」。ふむふむ。
地下から、2階から犬のようにせっせと本を集めて最後にメインロビーのブックシェルフに、と思ったら、そこまでは辿り着けず、購入したのは上の四冊。文章も音楽も好きなイ・ランさんのエッセー、近頃運動不足解消のために歩きすぎのせいか腰痛がひどいので整体の本、そして『東京の生活史』で注目している社会学者の岸政彦さんの本は、星野概念さんのおすすめ書棚から。ああ、詩集もたくさんあったし、買うつもりだったんだった。
また読みに行きたいなあ。

余談ですが、翌朝、地元藤沢の片瀬漁港のマルシェにてヒラメを一枚購入し、保存のために加工をしようと某情報番組のWEBページを閲覧したところ、前田さんの横顔がどどんと! 5枚下ろしのヒラメの処理を丁寧にご指南いただきました。ありがたや、ありがたや。

まさに、つながりの旅、ホリスティックトラベルを感じる秋の週末でありました。
「箱根本箱」の皆様、素敵な企画をありがとうございました。
仕事ではあまりこういったレポートを書く機会がありませんが、振り返ると、今その瞬間にしかない歴史的な場面に立ち会っていることもこれまであったので、もしかしたら今回もその萌芽になるやもしれないと思い、記憶を記録しました。曖昧なところも多々ありますが今回は動画を撮影していらしたのでそこは大丈夫なはず…… 。修正する箇所がありましたら随時修正いたしますので、イベントに参加された方からのご指摘は大歓迎です!

とても楽しかった宴のダイジェスト動画はこちら。
Toru Iwasa 岩佐十良 (自遊人ch)さんの公式チャンネルをどうぞ!