旅の空気と、心に残る言葉と。

私はどうも記憶力がよくないのでメモをしないと
すぐに忘れてしまう。

ライターを始めた頃、メモ強迫神経症ともいえる時期があり、
さらにはインタビューしながらも
レコーダーの電源が入っているかどうか
チラチラチラチラ、気になっていた。

インタビュイーの言葉をその場で咀嚼できていなかったため
先方からは怪訝な顔をされることもあった。
まるで、オウム返しの質問マシーンのようだったと思う。
今でもその片鱗はあるのだけど
肩の力を抜いて自由な旅行に出かけるようになってからは
ちょっとはマシになったような気もする。

今は、旅をしている間に見たもの、聞いたもので
帰ってきてからも強く印象に残っているものに
素直に従うようにしている。

いつまでも心に残る言葉。
それはこれまで文章で見たものかもしれない
あるいは、誰かが言っていたことかもしれない
どこかで聞いたことがあるような言葉であっても
旅で出会う言葉はよりくっきりと
まるで立体化したように脳裏に焼きつく。

そのときそこで交わした会話の
空気、匂い、背景、声色、表情など
すべてがふわりと私に覆いかぶさってくるから。
だから、メモをとっている以外のところで
拾ったもののほうがより強く心に残っているのだ。

「食器はいろいろと買って持っているんですけどね。
引っ越しの際、ものが多くて捨てたり、売ったり。
そして今は趣味も定まってきたので
長く使えるものを買いたいのですが
何から買ったらいいかわからなくって」

なんだかアバウトな質問をしてしまったもんだと
恥ずかしくなりながら、下をうつむいていると
彼女は棚越しにこう言った。

「ふだん使うものからいいものを選べばいいのよ。
じっくりと眺めて、あ~いいな、と思ったものを。
お客さんに出すものとして棚にしまうようなものはダメよ。
いいものを使っていい気持ちでいること。
その延長線でお友達が来たときにもとっておきとしてお出しするの。
それが最高のおもてなしだと思わない?」

はい。そう思います。

松本・ちきりや工芸店、丸山眞佐子さん。

「このこと、ブログに書いてもいいですか?」
「私、いつも自然体だから。何も変なこと言ってないわよ。だから、ぜ~んぜん、平気」