これまで、常に観光を意識して体験取材を重ねてきたけれど、
ひとつの方向性「訪れる場所にも、訪れた人にも、
相互に希望のもてる観光」で両者が満足できる体系は、
今のところエコツーリズムが一番入りやすいかなとやっぱり思う。

特に、日本は地形が起伏に富み、土地土地で同じものはないので、
環境が作りあげる地域の衣食住を理解する入り口としてのエコツアーは
消費者として知恵と体験にお金を払うのにとても意味があると感じる。
私はこれを海外取材をするときに感じてきたのだけど、
これからは日本も(産業で食べられないぶん、より進んで)
観光立国を推進する動きになるだろうし、
バイリンガルのエコツアーガイドの育成は早急に必要となってきそう。

ネット情報の満足度を越えるためには、
現場にフィールドを知っている人がどれだけいるか、というのがこれからの「鍵」。
そういう意味で地域のおじいちゃん、おばあちゃんは
大切な師匠でもあり、現役のボランティアエコツアーガイドでもあり。
おじいちゃんおばあちゃんと触れ合う機会を持てる里山に
次の地域を担う意識の高い若者が向かうのもさもありなん。

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神山塾を主宰する、株式会社リレイションの神山の拠点、山姥(やまんば)。移住者ではあるが、神山の住人が若者たちへの理解を示し、地方で働くということについて考える若者たちを精神的にも物理的にも支援している。

徳島県の神山町は自然と「伝えよう、伝えたい」とする人、
しかも独自の手法を持った人たちが多く集まっていて、
非常に狭い地域なのに多様性が富んでいて
伝え手(ガイド)と受け手(消費者、旅行者、若者など)の間に
金銭的なやりとりはないものの、希望のたくさんある場所だった。
それは、私にはお金のやりとり以上のところができているように思えた。
年配者の精神的な意識の高さが若者たちの元気をのばしているし、
中間層がつなぎ役をかって出て、機能している。
お金や役職で価値をはからない社会が小さくともほぼ成り立つ。

さまざまな人が農業の文脈だけではない土を耕し、
掘り起こし、温かい目で見守っていく。
そこに競争をあおる言葉は出ない。はじめぎょっとした徳島のスローガン「VS東京」という言葉は、対立や競争の意味ではなかった。
新しい価値観と可能性を都市生活者に投げかけているのだ。

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神山町にある古民家レストラン、カフェ・オニヴァで毎月最終火曜の夜に行われている「みんなでごはん」の取り組み。席順はばらばら、オニヴァのおいしいオーガニックワインとフレンチをいただきながら、いろんな人が交流をしていく。

 

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オニヴァは、人と人が出会う場を提供しながら、神山にあるムードを外の人に伝えている。もちろん、おいしいので地元の人たちも何かにつけ利用している。

旅行に携わる人たちが観光ムーブメントを作ることと同時に取り組むことはとても多い。

業界のはしのはしのはしくれにいるものとして
リアルに観光に触れて意識が少しずつ変化していく。
これも光を観るアクション。
私が現実社会で生きながらできることは何かと考えたとき、
「情報」にできることをあらゆる方向性から考えて、
サッカー選手のように必要なポジションに自由に動いていくこと。
例えば、情報についてみんなと考えるようなことをすること。
答えがないことをさまざまな視点を取り入れて深めていく。
結果、私も含め、情報と実際に対するおのおのの感度を高めていけたらいいと思う。

世間の仕事観に沿う事をしなくていいと思ったのは
やっぱり観光で出会った人たちのあり方を見て。

表現は多様。そして同時に多くの人たちができることが
観光にはたくさん詰まっている。

さて仕事。
今日も明日も、これもあれもそれもやって
それがまた力となって蓄えられていく。

※追記 2015/6/12

上記の文章に大事なことが抜けていたので追記します。
将来的に持続可能な地域観光を促進するには、
ボランティアでなくガイドがちゃんと職業になることが大事。
価値のあるガイドをするには地域の情報収集が必要で、
かつては各集落でそのような情報は当然のごとく世代間で継がれていたのが
現代においてはよほど意識のある人がいないと
地域で縦と横につながっている情報を集めてない傾向にある。

ガイドが職業として成り立てば、外からきた人が移住できる可能性も広がる。