コロナ騒動が始まり、既に半年。7月になった。
本来ならばオリンピックで賑わうはずだった2020年の夏。
昨日は4日連続で東京都のコロナの感染者数は200人台を数えた。

そのような中、先週の熊本、福岡、岐阜などの地域での豪雨で被災し、体育館で不安な日々を過ごさなければいけない人たちがいる。
梅雨の明けぬ今週も、各地で記録的な大雨が降るのではないかという予報が出ている。

最近は、テレビのスイッチをオンにすると「命を守るための行動をとってください」とアナウンサーが呼びかけていることが増えた。
命を守るため、さまざまなものを捨てて、逃げなくてはいけない。
いつ頃からか、いつどうなるかわからないということを前提に日々を送ることが当たり前の日常になってきていることを感じている。

7月22日から「Go To Travel キャンペーン」が始まる。
長く観光業界とも寄り添い、各地のPR記事なども書かせていただいていたので、本来ならば手放しで「旅に出かけましょう!」と言いたいところなのだが、今この都市部で、コロナ陽性でも症状が出にくい20〜30代を中心とした感染者数が急増し、九州の被害が甚大なこのタイミングで莫大な国家予算を使うキャンペーン(Go To キャンペーン事業全体で約1.7兆円)を開始するのには流石に無理があると感じている。

Go To キャンペーン事業 Go To Travel キャンペーンの内容

  • 7月22日からの国内旅行を対象に、半額相当分を政府が支援する経済活性化対策(ただし、本格的に開始する9月までは実質35%の割引)。
  • 宿泊旅行の場合は、ひとり一泊あたり宿泊代金の半額相当分を補助(ただし、上限は一泊あたり2万円)、
  • 既に予約している人は、旅行後の申請により還付が可能
  • 支援額の内訳は、7 割程度を旅行代金から割引、 3割程度が旅先で利用可能な「 地域共通クーポン」 として交付される予定。
  • 交通費はツアーで購入すると割引に含まれるが、個人手配の交通は割引には含まれない。
  • 予約は旅行サイト、代理店、直接宿へ申し込みをする。

観光業は、このキャンペーンで経済を回さないと死活問題だ。
けれども、もしこれで首都圏からの感染が地方に拡大したら……この先もっと悲惨なことになるのは容易に想像できる。
そのときに犠牲を払うのは受け入れた側だ。
コロナが出たとなれば、地元からのお客さんも呼び込めなくなってしまう。
大きな賭けをさせられることになる。

九州のことを思えば、被災地域の中には温泉地もある。建物が泥水にまみれ、再建の目処も立っていないところにお客さんが予約を入れるのは難しい。
国の支援策としては全くフェアじゃない。

それに加え、オリンピックの問題が残されている。
開催されるかどうかは、今となっては怪しいと思っている人が多いはずだ。
ワクチンが開発されたからといって、参加国全てに行き渡るかといえばこの1年で無理なのでは。
そして、本日も空港の検疫で海外から到着した20人の感染が発覚している。
この様子をどう判断するのか。
例のマスクの件や給付金の委託など数々の疑惑がうやむやになっていることで、全く信頼のなくなった政府に委ねられているところが歯痒い。

上記、ふだんから情報に触れている人であれば、わかり切ったことでもあるのだが、2020年7月の備忘録としてここに残しておく。

『ペスト』でも、緩めばふたたび牙を剝く病原菌のことは描かれている。

身近なところでは、一昨日は近場の小学校とショッピングセンターで感染者が出たとTwitterで回ってきた。
感染した方には早い回復を祈るが、きっと日頃から気をつけていたと想像できるだけに、名前など特定されなければ良いと願う。

そのような状況を踏まえ、せめて、取材した地域や企画に関わった宿などのクラウドファウンディングやお取り寄せ、ふるさと納税でわずかながらも応援することにしたいと思う。

とはいえ、コロナの影響の少ない地域に住む人たちには、Go To Travel キャンペーンは、お気に入り、ないしは憧れの宿にお得に泊まるチャンスではあるので、余裕のある人は出かけた方が良いと思う。
ただし、旅行起因でコロナに感染しない、させないために、マスク、消毒、三密回避で。

なんかもう、最近、自己責任に投げっぱなしだ。
行くんだったら、各自気をつけてって、お上の言葉から、そんな馬鹿な。
医療機関はどうなるのだろう。

コロナ禍で断行する論拠を示し、提携宿の基準、感染者が出た場合の休業補償、保険などについても明確にしないと誰のためのキャンペーンかよくわからない。
自分が把握していないだけというのもあるので、キャンペーンの疑問点については、もう少し調べてみようと思う。

追記
Go To Travel キャンペーンの是非については、正解はない。
生きている限り、経済とは切っても切れない中に誰もが身を置いている。
業界が死に絶えるか、といえばそうでなく、時代に合わせて形態を変えていくことが求められているということなのだろうと受け取っている。
それは他人事ではなく、ひいては自分にも言えることであると思う。